プロフィール

一体私達は何者なのか。そうですよね、「誰やねん」って話ですよ。

そうですね、ただの勉強好きな無茶な2人なのかな~。

 

私達のプロフィール、なれそめ? 長いんですけど頑張って描きましたので、良かったら見てください。

 

まーさん(夫)とみや(妻)は高校3年生の時に出会いました。

女子が5人の理系クラスです。

2人とも理系ですが、得意な分野は全然違います。だから選んだ大学も別でした。

大学もバイトも別だったので、この辺りは週に1~2回しか会ってなかったと思います。(もっと少なかったかも。)そして・・・

まーさんが東北大学(宮城県)の大学院に編入。なんにも相談されてなかったので本当にこんな感じでした。突然の遠距離恋愛、スタートです。

まーさんは全然違う大学の雰囲気、勉強の難しさ、一人暮らしにかなりショックを受けつつ、2年間頑張りました。今までは「胃の中の蛙」であったことを実感し、目線が広がったそうです。

一方私は何か趣味を持とうと思い、洋裁を習い始めました。ワンピースばっかり作ってましたね。

宮城県には3ヶ月に2回くらいのペースで行ってましたね~。この辺から旅行が大好きに。まーさんと東北地方をいろいろと巡って楽しかったな~。

まーさんが都内に就職しまして、遠距離が愛媛~東京になりました。わ~い、少し近くなったぞ♡

無計画で東京に夕飯を食べに行くのは2~3回やりましたね。飛行機に乗れば着くと思ってたからね。だいぶ壊れましたが、東京旅行も楽しかったな~。

私が危なっかしいので、まーさんが貰ってくれましたよ。

この辺は2人とも資格ばっかり取ってました。仕事に必要なものは取っておこうと思って。

結婚3年目で、そろそろ子供が欲しいねってなりました。

まーさんは相変わらず資格を、私はビーズアクセサリー作りにはまってました。

これは娘が「友達の誕生日プレゼントを作りたい」などという時に役に立ちました。

子供は最低でも2人は欲しかった。

年子にしたのは「医療系の仕事はブランクが長いと戻れない」と思ったからです。子育てを一気に終わらせようと思ったのです。

実はまーさんは仕事には関係ないけど、いろいろな資格を持っています。そういえばファイナンシャルプランナーの資格も取ってました。気になったんだって。じっとしていられない性分なのでしょうか?

かくいう私も子供2人を連れてスクラップブッキング教室に通ってました。これはPTAの広報委員になったときに役に立ちました。私もじっとしていられない性分なのでしょうね。

 

そんな時、事件が起こります。

まーさんがアフリカ、マダガスカルに転勤になりそうになったのです。初めての転勤先がアフリカってそんなことあります?子供はまだ2歳以下だったので、家族で一緒について行くのは難しかった。

この当時まーさんは何年かサラリーマンを経験して、「自分の目指すべき人がいない」という環境に悩んでいました。

家を買うと転勤させられるというジンクス、そしてお子さんが不登校なのに単身赴任なので何もできないという先輩の話や、突然会社に来られなくなる人をたくさん見て、自分も将来こうなってしまうのだろうかという不安がありました。会社の中にこうなりたいと思える人がいない環境は怖かったと思います。

 

小さい子供が2人いる状況での脱サラ。

会社の人や親戚などいろいろな人に止められましたし、キャリアを捨てるなんて馬鹿だとも言われました。

でも私は止めませんでした。家族4人で一緒にいられることを選んだのです。

 

そしてまた、まーさんが凄いことを言うのです。

30代は「人生で一度はやりたかったことをやってみよう」と言い出したのです。

なんか老後にカフェを開くって憧れませんか?本気でやるかどうかは別として。

ところが彼は本気なんですよ。

だから私、都内にある「カフェを開きたい人のための学校」に通いましたからね。

あとお店をするのに必要な食品衛生管理者の資格は、私もまーさんも持ってます。

この資格は1日がかりの講習会に参加すれば取れます。どちらかに何かあったときのために、2人とも持っておこうってなりました。

 

物件探しや契約、内装のデザイン、保健所の立入検査、銀行に融資の借り入れ、メニュー作り、食器選び、スタッフの募集など、本当にすることが多くて大変でしたね~。

育児期に何やってんだ、私達はww

お店は楽しかったけど大変だった。大変だったけど楽しかった。

お客さんに喜んで貰えたこともお叱りを受けることもあったけど、全部大切な思い出です。

しかし一番大変だったのは、経理を担当していたまーさんだと思います。経済的には苦労をかけました。

実はキッズカフェって3時以降が暇になるんです。(お子さんのお昼寝タイム)

だから私は3時からイベントを、まーさんはいろいろと調べながらネットで仕事を始めました。

 

そして一番の事件が起こるのです。

これが無かったら、もうちょっとお店をしていたかもしれません。

でも容赦なく営業時間に停電するし、信号は消えてるし、この状況がいつまで続くのか分からなったのです。逆にきっぱりと諦めがつきました。

なんと翌月が2年に1回のお店の更新月だったのです。更新後でなくてラッキーだった、私達はツイてるなと思いました。

まーさんがやっていたネットの仕事を私も本格的に手伝い、新しい会社を立ち上げました。

この会社がもう7年目です。人生は何があるかわからないですね。

夫婦は運命共同体です。どちらか一方が幸せで、どちらか一方が不幸なんてあり得ません。どちらかの我慢で続いている関係、それはいつか破綻するものであると思うのです。

だから私はまーさんを大切にするし、私もまーさんに大切にしてもらっています。自分が言われたら嫌なこと、嫌な言い方をしないように気をつけています。だからこんなに大変だったにもかかわらず、一度も喧嘩をしたことがないんです。

 

私達が持っている資格は今はほとんど役に立ちません。

でも私達の知識は腐りませんし、やらなきゃ良かったと思う事は何一つありません。これからもいろいろなことに挑戦して、勉強もしていきたいと思っています。

 

そうそう私の絵についてですが・・・

まーさんの仕事で挿絵を頼まれるんですけど、ブランクが20年以上あったのでどうしても上手く描けなくて。悔しい。

どうすれば絵が上手く描けるようになるかって考えたら、毎日描くことだったんです。毎日描くなら愛媛にいる親戚に近況報告でもしようと思って始めたブログ(としごと★しごとと)も、もう4年目になります。

としごと・しごとと
11カ月違いの年子★姉弟のダイアリー

実は小学生の頃は漫画家になりたかったんです。だから今、インスタで漫画も描いています。

いい時代ですよね。

みや (@miya151515) • Instagram photos and videos
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そしてまーさんも今でもいろいろやってます。失敗もするけど、健康であればいいの。

体と心が健康であれば、なんでも出来るのさ。

さて私をポジティブ思考に変えた言葉がいくつかあります。

・小さい失敗はたくさんしよう。死ぬほど大きな失敗をしなければ大丈夫なのだ。

・いきなり高い壁は超えられない。小さな壁を超えながら登っていこう。

・出来ない言い訳を考えない。出来る方法を考えよう。

・(大人の場合ですが)あなたの今の環境は、実はあなた自身が選んだものである。

 

突然知らないおじいさんが来て、「老後に喫茶店をやりませんか?あなたに私のお店を譲りますよ。」な~んて言う可能性はほぼゼロなわけです。

やりたい事は自分でやるしかないのだと。いまの環境を変えられるのは自分だけなのだと。何が出来るか考え、調べ、動くのです。どんな勉強も自分の自信と力になります。

 

今、自分の置かれている環境が辛いと感じているなら、どうすれば少しでも良くなるか、今すぐ出来ることは何か考えて行動しろというんです。やってダメだったら逃げても良いんです。

30代の時に初めてこれを言われて、目からウロコでしたし、目の前のモヤが晴れた感じでした。

 

だから私は、何も行動していないのに文句や批判を言う人の話は耳に入れないようにしています。

たとえ失敗したとしても行動した人は凄いんです。尊敬します。

 

やりたいことがある人は、自分が今できる一番小さなことを探してそれからやってみましょう。

自分の子供たちにも失敗してもいいから、少しずつ何かにチャレンジして欲しいと思っています。

 

長文、最後まで読んで頂きましてありがとうございました。